名著53 歎異抄:100分 de 名著

抄 歎異

解説はこちら 第7章 現代語訳 念仏者は無碍の一道 第七章 原文 現代語訳 念仏者は無碍の一道なり。 読まれた方はこのように言われています。 ままならぬ東日本大震災からの復興、世界各地で頻発するテロ、拡大し続ける格差社会……なすすべもない苦悩や悲嘆に直面せざるを得ない現代、「歎異抄」を現代的な視点から読み直しながら、「自分自身の闇に向き合うというのはどういうことか」「思い通りにならない現実とどう向き合えばよいのか」といった実存的な問いを掘り下げ、「人間はどう生きていけばよいのか」という根源的なテーマを考えていきます。

9
いはんや悪人をや。 この経も、そのような本願にうながされて、説かしめられているものであると、経典自身が語っているようです。

歎異抄とは

抄 歎異

しかし『歎異抄』は、母国語である日本人が読んでも、よほど深い仏教の理解がなければ誤解して大けがをしてしまうところから 「カミソリ聖教」として、長らく浄土真宗では秘本と封印されていた書です。

6
人生の中での必須科目、という位置づけで、 勉強させて頂いております。 悲しきかな愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、 定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずむべし」 と自名をあげて慚愧されています。

歎異抄とは

抄 歎異

そして、ご覧いただくとわかっていただけたと思いますが、この回は、「親鸞一人がためなりけり」という言葉の、極めて現代的な読み解きになっているのです。 歎異抄についてもっとくわしく知りたい方はこちら. ( 三木清) 同じく日本三大哲学者の一人、西田幾多郎は第二次世界大戦末期、空襲の火災を前にこう言いました。 ……「情報」は人を救えない。

18
親鸞という人の思想と信仰は、一般にはこの一冊によって伝えられ、理解されたと言ってよい。

歎異抄 現代語訳(対訳)

抄 歎異

さらばなり ういの奥山今日こえて 弥陀のみもとに ゆくぞ嬉しき 日も月も 蛍の光さながらに ゆくてに弥陀の光輝く さらには、自分を死刑にしたアメリカに対してまで いま、アメリカは仏法がないと思うが、これが因縁となって、この人の国にも仏法が伝わってゆくかと思うと、これもまたありがたいことと思うようになった。 日曜日には浄土真宗の寺院に祖母に連れられて、たびたびお寺参りをした。 私もまたその一人だった。

このうへは、念仏 をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はから ひなりと云々。

歎異抄 現代語訳(対訳)

抄 歎異

親鸞聖人が、はじめて法然上人を東山の吉水の草庵にたずねて聞きひらかれた「後世のたすかる道」を恵信尼公 えしんにこう は 「生死いぢべき道」であったと記されています。 ところでこの五正行のなかで、阿弥陀仏がこれをもって万人平等に救おうと選び定められた行は、称名だけであるというので、 称名を正定業とすべきであるといわれました。 もしそうであれば、すでにあなたは歎異抄に取り組む段階に入っているのかも知れません。

その一つに、番組の中でもご紹介した「情報」と「物語」というキーワードがありました。

名著53 歎異抄:100分 de 名著

抄 歎異

第二次世界大戦末期、空襲の火災を前に言った言葉です。

7
無宿善の機に於ては左右無く之を許すべからざるものなり。

歎異抄の旅⑫[大阪・滋賀編] 聖徳太子の御廟へ

抄 歎異

親鸞が「愚禿親鸞」と署名するようになった謂れが書かれている。 今回は、その第1章冒頭に教えられていることを解説したいと思います。

ご自身の「いのち」である念仏の信心を微塵 みじん の飾り気もなくあらわして、 みずからの信心をあかしするといったひびきをもっています。 このわたしが、この耳できき、直接に教えていただいたのだから、まちがいない。